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(食道がん臨床試験の記録)

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目 次 

退院後の経過
退院後2,3日は気の緩みからか、かなり疲労感がありゴロゴロしていた。
9月9日の退院後第1回目のチェックまでは、酒も控えつつましく過ごそうと思っていたが、
9月になるとムズムズしてきて、1日はもう9月になったという理由にもならない理由をつけ
て酒を解禁した。
4日には前嶋君の誘いを受けて、新橋で快気祝いの1回目を挙行。その後は、足利の野村邸に
お邪魔してご夫妻に歓待していただき、その翌日は子供たちの家族も含め寿司パーティー、金
曜日にはカラオケ酒場、翌週の火曜には久しぶりに育英基金の会合に出席と、飲む機会がドン
ドン増えた。
9月9日は内視鏡検査とPETによる治療部位の癌細胞の集積度の評価が行われた。
また、現在の栄養状態、炎症反応、腫瘍マーカー等のチェックのための血液検査も受けた。
内視鏡と血液検査の結果はその日のうちに説明があり、安田先生から開口一番に「お酒を飲ん
でるでしょう」と言われてしまった。しかし、がんに関する検査項目では異常はなく、内視鏡
でのヨードを撒いての検査でもがんの反応はなかったという説明であった。
この日はかなり大量のヨードを撒かれたので、不快感が強く翌日まで気持ちが悪かった。
しかし食道の病変部は、素人目にはかなり汚らしく感じられ、突出していた塊は萎れながらも
壁面にしがみついていた。それでもがん細胞は増殖機能を失い、時間とともに痕跡も消えると
言われ、一安心した。

次回は10月21日と決まり、内視鏡検査と血液検査を受けることになった。

治療後第2回目の検査
この日は血液検査でお酒のことを言われるのを避けるため、2日前からコップ1杯のビールに
とどめた成果が現れ、アルコールで悪くなる数値は前回より軒並み改善していた。
先生の説明を聞きながらニヤニヤしていたが、内視鏡の写真を見るとまだがんの残骸がはっき
り残っていてかなり心配になった。先生の説明によると、白く見えるのはかさぶたのようなも
ので、PETでも集積が見られないので問題ないとのことであった。
安田先生以外の5人の読影医のレポートでも「◆治療部位の下部食道〜噴門にかけて(前回)
認めた集積は低下し、正常食道とほぼ同程度〜僅かに高い程度になっています。治療効果を認
めます。◆CTで指摘されている左胃動脈領域リンパ節に明らかな集積を指摘できません。
◆その他、明らかな異常集積を認めず。」という報告であった。(コピーを戴いた。)

この日(2008/10/21)頂いた画像
この写真を見ると、がんはまだしっかりと食道に取り付いているように見えるが、要するに屍骸
で時間とともに剥がれ落ちるそうである。照射前はこの周囲がでこぼこで食道のほぼ全周にがん
が浸潤していたが、今回の写真ではきれいに修復されていた。
2008/7/11 照射前 PET映像

2008/09/09 照射後

上段の写真は7/11の重粒子線照射前の食道部のPETの映像である。下部の脚立のような形の右
に見える赤い点が、食道がんの患部である。
下段の写真では赤く光っている部分はなくなっている。
2008/7/11 照射前 PET/CT映像

2008/09/09 照射後

2008/7/11

2008/09/09

同じ部位のPET/CTの映像である。素人目にはこれで良くなっているのか定かではないが、
転移・再発しないことを願うのみである。
とにかく現時点では所期の目的を達成できたようで、安田先生はじめ皆様方に深く感謝申し上げます。

治療後第3回目の検査
12月9日、治療後第3回目の検査を受けに重粒子センター病院へ向った。
11月初めから、それほどひどくはないが咳が続き、胃の違和感も相変わらず続いている。
もしかしたら癌が息を吹き返しているのかもしれないという漠然とした思いが頭をよぎった。
採血を済ませ、内視鏡室の傍で本を読みながら予定時間になるまで座っていた。もう顔見知りに
なった看護婦さんが何かと親切に世話を焼いてくれる。

今回の内視鏡検査は、これまで経験したことがないほど苦しいものであった。強烈な吐き気と不快
感があり、途中で何回もやめて欲しいと思った。大量の唾液で下着の左肩の部分はグチャグチャに
濡れ、検査の後も頭がボーとなりすぐには起き上がれなかった。120台だった血圧が150近く
に上がっていた。この日はヨードも撒き、生検も行ったのでかなり長い時間かかった。
検査が終わってからもフラフラするので、車椅子に乗せられ1階にあるベッドで休むことになった。

安田先生の診断を聞くため診察室へ行くときも、歩いて行けると言ったにもかかわらず、看護婦さ
んが親切に車椅子をすすめてくれた。なにか気恥ずかしい気がしながら車椅子で移動した。
診断は、悪い予感が当り癌が隆起していた部分がはっきり残っている上、ヨードで染まっていない
ことを告げられた。その部分は重粒子が効いていないということだ。生検の結果は1週間後にでる
とのことであったがヨードで染まっていないのはがん細胞が生き残っている証拠であることはほぼ
確実であり、この病院では治療の手立てが無くなったことを意味していた。

再度重粒子を当てられないかお聞きしたところ、@すでに食道は重粒子線でダメージを受けており
再度の照射には耐えられない可能性が高い。Aこの癌に重粒子が効かなかった結果、残っているの
であり2回当てても同じ結果になる可能性が高いという2点で再治療は不可能ということであった。
従って、後は手術しか方法がなく他の病院を探さなければならない。
写真で見る限り、隆起部分以外に侵襲していたがんは死滅しているようであり残った部分の大きさ
は直径1cm位である。EMRで残った部分を切除できないか伺ったが、これに対しても否定的な
答えであった。ただ根拠はあまりはっきり教えていただけなかった。

これまでの治療が所期の目的を達成できないことが分かり、落胆したがこの結果は最初から覚悟し
ておくべきものであったことも事実である。こうなった以上手術して、取り出された患部を良く研
究してもらい今後の治療に役立ててもらうしかない。

17日の生検の結果を見てどこの病院で手術を受けるか決めたい。
来年、満開のサクラや、精妙な色合いのあじさい、絵本の中のコスモスや、燃え立つような紅葉を
どこまで見ることができるか分からなくなってきたが、これまで通り現実に向き合いながら対処す
るしかない。家に帰り、妻が帰ってくる間、ひとりでこれまでのことをボーっと考えたが、後悔は
なくただただ残念、甘くはないなという感じとともに死に時ということを想った。
臨床試験の治験者第1号で治ろうなどと思ったのは虫が良すぎたのだ。

パソコンを開くと、中間君や西村君から検査結果の問い合わせが来ていた。彼らには17日に結果
が出ることだけを伝えた。帰ってきた妻に告げると、さすがに落胆(?)していたが取り乱すこと
はなかった。「アブサン(猫)がまた瘠せるわね」という言葉が妙に響いた。
(6月、私のガンが発覚した後、この猫は食欲がなくなり劇的に瘠せたが、最近元に戻っている)

「臨床病期 T 期胸部食道扁平上皮癌に対する炭素イオン線治療の第T/ U相試験」の結末
12月のはじめ、同期の森井さんから電話があり、重粒子治療の後、何かケアしているのか聞かれ
何もしていないというと、都立駒込病院か、がんセンターでそのままで良いかチェックした方が良
いので、これらの病院に顔が利く先生を紹介しようという熱心な勧めであった。
9月と10月の内視鏡写真を見た時、がんが生き残っているのではないかという感じがぬぐえずに
いたので彼の勧めを受けることにし、13日に知人の先生の診療所に伺うことになった。

しかし、9日の検診の結果がんが残存している可能性が高いことが分かり、駒込病院をインターネ
ットで検索したところ食道外科の外来は水曜日のみであることが分かった。
すぐ安田先生にメールを送り、17日に病理の結果と今までのデータを持って駒込病院を受診した
いとの希望を伝えた。安田先生は快く承諾され、自ら駒込病院の出江(イズミ)先生にコンタクト
していただき、診ていただける事になった。
13日、森井さんの知人の先生にお目にかかり、この間の経緯を説明したところ了解していただき
駒込病院の院長先生に電話でお願いしておくとのお話を頂戴した。

17日、病理検査に僅かながらの希望を持って、重粒子医科学センター病院へ向った。
結果は意外なことに、検体から癌は発見されなかったと告げられた。しかし患部の外見は明らかに
異常であり、ヨードにも染まっていないので念のため外部機関に検体を送り再度検査をするという
ことであった。取り敢えずホットした。妻に電話すると『大丈夫だと思っていた』と喜んだ明るい
声が帰ってきた。9時半過ぎ、病理の結果と今までのデータを受領し、冷たい雨の中を駒込病院へ
車を走らせた。道が混んでいたのと駐車場が満杯だったため11:30頃外来受付に入った。
ほどなく出江(イズミ)先生の診察を受けたが、先生の見解ではほぼ間違いなくがんが残存してお
り手術が必要だとのことであった。すぐ検査日程が作られ、入院窓口に行くよう指示された。

まさにジェットコースターで落下したようなものである。思考回路が中断したのか何も感じなかっ
た。その日のうちに受けられる血液検査やレントゲン検査を受け、かなりの疲労を感じながら自宅
へ戻った。この日は、6時半から英会話教室で一緒だった女性と快気祝いをする予定だったので、
ちゃんこ鍋屋に行った。適当に振る舞い何事もなく分かれた。


私の受けた食道がん重粒子線治療の臨床試験のコードNo.は0701である。
治験者である私の識別No.は0701-01、即ち第1号である。

17日、駒込病院に持参する資料の中に「照射野・線量分布」というもの
があった。ここに0701-01とはっきりでていたので確認できた。
照射野はあてずっぽうで推測していたものとほぼ同じであった
この資料を見て、素人ながら、かなり精密に重粒子線をコントロールして
照射したのだなと実感した。

それでも生き残った我が食道がんは、天晴れというか恐れ入ってしまう存在だったようだ。
これまでの例では、殆んど癌は死滅しているのに、よりによって私の身内は頑強だったとは・・・
何故生き残ったのか、今後徹底的に原因を究明してもらいたいものだ。
私にとっては失敗だったが、臨床試験としてはありうる結果で、落胆はしたが納得せざるを得ない。
第1号になれたことは、何かの縁でもあり、私の事例が今後の患者の治療に役立つよう願うしかな
い。

明日(24日)からの入院が決まりました。続編は元気を回復したら日を改めて公開する予定です。
当分の間、メンテナンスを含めホームページを休止します。

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