巣鴨に近い駒込プリズン日記@

抗がん剤治療と全摘手術(仕切り直しの食道がん治療の記録)

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駒込プリズン日記目次  重粒子線治療の記録目次

再挑戦に至る経緯

 
私の食道がんは中々の厄介者だ。重粒子線治療終了後、
3回目のチェックを受けた12月9日の内視鏡検査で
も食道壁にしがみついていた腫瘍の残骸は、ルゴール
にも染まらず、醜悪な形を残していた。



このチェックを受ける直前に、江東区で整形外科を開業している私の友人から、たまたま
電話があり、彼の知人の診察を是非受けるよう勧めらた。
彼によると重粒子治療だけでは転移の危険性に充分対応できないので抗がん剤や免疫療法
などが適応できないか、現在の主治医以外の診察を受けるべきだと忠告してくれた。

彼は、私の主治医は私の病気を治すことに興味はなく、重粒子線治療の結果にしか興味が
ないとしか思えないと話した。
臨床試験であるから、研究者としては他の療法を並行して行うと治療効果がどちらに起因
するのか分からなくなるので、通常の放射線治療では当たり前の抗がん剤を併用した治療
など全く考慮されていないとは、私もうすうす感じてはいた。
これは、重粒子医科学センター病院が、放射線科だけの単科病院であることの限界である
のかも知れないが、集学的治療という意味では、重大な欠陥ではなかろうか?
考えてみると、臨床試験の冷徹な現実であるのかもしれない。

友人は高校の寮で3年間一緒に暮らした仲間で、自身も大病を患っているにもかかわらず
私のことを心から心配してくれ、見舞いにも来てくれた彼の言葉は、9月と10月の内視
鏡写真を見た時、がんが生き残っているのではないかという感じがぬぐえずにいた私の心
に大きな波紋を起こした。結局、友人の勧めに従い、彼の知人の医師の診察を受けること
にした。その医師から都立駒込病院か、がんセンターへ紹介してくれるという。

12月9日の内視鏡検査で、残存していた腫瘍がルゴールに染まらなかったことを主治医
から聞き、私の不安が的中したことを確信した。 1週間後に分かった生検の結果では、
がん細胞が見つからなかったが、別の検体を他の施設で調べてもらうことになった。

しかし、この調査に関わらず、安田先生には友人の勧めに従い、都立駒込病院の診察を受
けたい旨伝え、紹介をお願いした。
下記は12月12日、主治医の安田先生へ送ったメールである。

  『先日(9日)はご丁寧に説明していただきありがとうございます。
  癌が生き残ったのは残念であり、落胆もしましたが臨床試験に応募する際
  このような事態になることも少しは覚悟していましたので仕方がないと思
  っています。
  ただ、私のケースが全くの無駄にならないよう、今後手術をしていただく
  医療機関と安田先生の間で情報交換がスムーズに行え、今後の治療に役立
  つ知見が得られることを希望いたします。
  今後受診する病院でこの希望がかなえられるよう申し出を行いたいと思い
  ますが、安田先生からの個人的なご意見とかご要望をお聞かせ願えれば幸
  いです。

  都立駒込病院の食道がん外来は水曜日のみとなっており、出来れば17日
  にそちらにうかがった後、駒込病院で受診できないか先生からもお口添え
  戴ければ幸いです。(医療機関からの紹介が必要なようですので)
  都立駒込病院の予約専用電話は03-3823-2101です。

  今回の重粒子線治療が改良され、食道がんの標準治療になれれば、私のチャ
  レンジも意味があったと皆に宣伝したいと念願しています。』

このメールに対する安田先生の返信
  『ご連絡有難うございました。
  まだ病理結果は判明していませんが、腫瘍の残存が疑われる状況にもかかわらず臨床
  試験に対するご配慮までいただき大変有難く、恐縮しております。

  ご指摘のとおり、いずれの医療機関で診ていただくにしても情報交換がスムーズに行
  えることは大変重要なことです。
  早速、都立駒込病院外科医長の出江(いずみ)先生に連絡を入れました。
  概況をお伝えしたところ快く受けていただけるとのことで、17日は午前、午後とも受
  診可能とのことです。
  受診直前にはまた詳細な情報を伝えたいと考えています。

  他にもできることがあればお力になりたいと思いますので、遠慮なくお伝えくださ
  い。

この記録は、その後の出直し治療の記録である。気力が減退していくのを実感しながら、
それでも現実に眼をそらさないよう記録していきたい。

都立駒込病院の印象 
17日の朝一番に重粒子医科学センター病院の安田先生より、9日の検査結果をうかがっ
た後、頂いた紹介状と資料を持って都立駒込病院へ向った。意外なことに、重粒子医科学
センターで生検の結果では、がんは発見されなかったと聞き、ほっとした。
駒込病院には11時頃着いたが、駐車場に中々入れず、危ういところで午前の受付の最後
に滑り込んだ。

この病院の建物は、30年以上経っているらしく、田舎都市の中堅病院といった風情で、
患者もとても都会人とは思えない風体の人ばかりだ。
待合室も狭く雑然としているが、その分下町の生活の匂いが感じられる。
もう少しきれいな近代的病院を想像していたので少々がっかりした。

12月17日
駒込病院で診察を受けるなり甘い期待はいとも簡単に否定された。
出江(いずみ)先生は、資料を検討したが、重粒子医科学センターの生検は、たまたまがん
細胞のない部分をチェックした可能性が高く、内視鏡写真を見る限り、間違いなく活動的な
がんであると明言された。
早速、手術を前提にした検査日程が作られ、入院の手続きをするように指示された。
手術をすれば、命は確実に助かる段階だといわれたが、落胆は禁じえなかった。

12月19日
明日から妻が孫娘の世話をするというので、車を使い午後一番の骨シンチ検査を受けるため
駒込病院へ向った。道がすいていると我が家から1時間ほどで到着する。
病院経由で孫娘(愛梨1.5歳)を迎えに娘の家に行き、運転を替わってもらい厚木へ向った。
家に帰って、子供の成長の早さに驚く。何にでも興味を示し、片時もじっとしていることが
なく、めまぐるしく動き回る。
屈託のない笑顔を見ると、何もかも忘れ幸せを感じた。

この日、安田先生からメールがあり、帝京大学病理学講座の近藤先生からの病理
組織の報告で、改めて扁平上皮癌が見つかったことを知った。

安田先生からのメール
『放医研の安田です。
早速ですが、帝京大学病理学講座の近藤先生から病理組織の報告があり、残念ながら
内視鏡での印象どおりviableな扁平上皮癌とのことでした。
残念な結果ですが、救済治療で治癒が期待できると考えます。
出江先生からも最善をつくしますとのお返事をいただきました。
よろしければ治療後落ち着かれたところでご一報いただければ幸いです。

慌しい年の瀬となってしまいましたが、治療がうまくいって来年は安心して穏やかな年
の瀬をお迎えになることを願っております。』

何の感慨もわかなかったが、viableという英語を使われたことに安田先生の逡巡を感じ
た。
安田先生への返信メール
  安田先生
  残念な結果となりましたが、これをマイルストーンとして今後に
  役立てていただきますようお願い申し上げます。
  現実を受け止め、最善を尽くします。
  節目にご報告も致す所存です。

  これまでご親切にしていただきありがとうございました。
  申し訳ありませんが、馬場先生へも私からの感謝の念をお伝え戴
  ければ幸いです。

  元気になったらどこかで一杯美味い酒をご一緒できればと思って
  います。
  今日は、あまり美味くない酒を飲んでゆっくり休みます。

12月21日
この日、皆さんへこれまでの経過をお知らせするメールを送った。
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Subject: 残念な結果

先日、主治医の先生から3回目のチェックの結果を戴きました。
『帝京大学病理学講座の先生から病理組織の報告があり、残念ながら内視鏡での印象
どおりviableな扁平上皮癌が見つかりました。』とありました。
この結果、重粒子線治療では所期の目的を達成できず、残る選択肢は手術となり都立
駒込病院に来年早々入院することになりました。
「臨床病期 T 期胸部食道扁平上皮癌に対する炭素イオン線治療の第T/ U相試験」
コードNo.0701の第1号は残念な結果となりましたが、今後のマイルストーンとし
ていささかでもお役に立てればと思います。結果としては回り道になりましたが後悔
はしていません。現在、駒込病院で精密検査を受けていますが、転移がなければ命は
大丈夫なようです。再度気を奮い立たせるのは、勘弁してもらいたかったのですが、
現実を受け入れるしかありません。

今日からクリスマスバージョンにしました。
クリスマスソングを集めていますので、画面をそのままにしていると次々にメドレー
します。(以前のものをそのまま利用しています。)
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20日と21日は、皆さんへプレゼントする卓上カレンダーの作成に没頭したため、
時間が立つのが早かった。

12月22日
15時、内視鏡検査、この日妻が同行するというので一緒に電車で病院へ向かった。
予約時間より30分以上早く着いたが、着くなり待ってましたというように検査が
始まった。検査は鎮静剤を使用したので苦痛は少なかったがかなり時間を要した。
帰途、新宿で皆さんへ贈る追加のカレンダー用紙を購入したが、品不足で同じ種類
のものが買えず、サイズやグレードを変えて10セット購入した。

最初の入院、抗がん剤治療開始 
12月23日
突然、明日入院してくださいとの電話あり。
これまで励ましメールを頂いた方へ再入院のお知らせや卓上カレンダーを慌てて
プリントするなど1日があっという間に終わった。

12月24日
末娘の運転で、妻と孫ともども8時に出発、道は混んでいたが9:30前に到着、小1
時間ほど待って病室へ案内された。出入り口に近い一番端の6人部屋で入り口の洗
面器の前のベッドが割り当てられた。他の5人は、カーテンをめぐらせていたので
挨拶を交わすこともなかった。
重粒子医科学センター病院のフレンドリーな患者たちとは全く異質で、湿った陰気
を感じた。
食事も個別に運ばれ、カーテンの中で無言で食べるしかない。ただ看護婦はこちら
の方が気さくで親切である。医科学センター病院は、お国の役人根性が抜け切れて
いない嫌いがあり何かよそよそしさがあった。

昼過ぎPET/CT検査のため東京医科歯科大学へ向かった。
これまでの重粒子医科学センター病院のPET/CT検査とはかなり違い注射をし
て検査が終了するまでに2時間以上かかった。(駒込病院にはPET/CTの設備
がない)

この日の夕食はクリスマスイブということで、二切れの小さなローストチキンと、
これまた小さな2個のイチゴケーキが乗っていた。
こんなに小さなローストチキンを初めて食べた。気遣いを感じたがかえって侘しさ
が募るそんな夕食であった。

12月25日
この日は駒込病院のCT検査があった。
単独のCT検査は初めてだったが前処理に飲む液体が多く、かなりうんざりした。
その後若い医師の問診があり、明日の検査の後治療方針が告げられることになった。
これまでの経緯は、安田先生からデータを提供していただいているため、担当の医師
はよく知っているようである。

12月26日
今日は@腹部超音波検査、A超音波内視鏡検査、B頚部超音波検査、C心臓超音波検
査と超音波漬けである。
予定では朝食・昼食抜きで4時頃までかかるスケジュールだったが、Aを朝一番にやり
@、B、Cを一気にやってもらったので1時半には終わった。
4時半には家内と長男が今後の治療方針を聞くため病院へ来てくれた。
今後の主治医となる出江先生の話では、がんは筋肉層の一部まで達していて、ステージ
Uとのことであった。EMRは無理で、年明け後、先ず抗がん剤治療を1クール行い、
2月に手術を行うとの方針が示された。
検査の所見では腫瘍に近いリンパ節2つが少し大きく転移の可能性があること。
骨シンチ検査、各種超音波検査、CT検査では転移は認められないこと。
PET/CT検査では集積は認められるが、はっきりしたものではないこと、原発部の
腫瘍には抗がん剤は効かない可能性が高いこと、しかし手術前に抗がん剤治療を行えば
眼に見えないがんを叩くことが可能で、術後の成績が上がることなどが告げられた。
そのとき頂いた「化学療法を受ける患者様へ」という書類を読むと、その効果には、はな
はだがっかりさせられるものであった。
過去3年間の駒込病院での抗がん剤治療(FAP療法)を受けた86人中効果があったの
は36人(42%)、変わらなかったのは41人(48%)、悪くなったのは10人(10%)とある。
効果があったというのは、腫瘍の大きさが30%以上小さくなった場合であり、死滅した
わけではないのである。この治療を受けても6割の患者はくたびれもうけで副作用だけ
味わうことになる。一方私の場合に適用すると、どうやって効果を判定するのか全くもっ
て疑問である。重粒子照射を受けた腫瘍には効かない可能性が高いとの主治医の話から何
を持って評価するのか、もしかしてあるかもしれない微小転移がんをたたくというが、あ
るかないかわからないがんにFAP療法をやったほうがいいという根拠はどこにあるのだ
ろうか?リンパ節切除についても欧米では疑問視する向きが多いと聞くが、日本の医療は
データに基づく科学的根拠を重んずる西洋医学というより、東洋医学や漢方に近いメンタ
リティーがあるのではないかと疑ってしまう。

12月27日
前日、年末から1月5日まで治療も検査もないことを知り一時帰宅を申し出た。
私は26日の夕方にでも家に帰りたかったが、明日まで待つように言われた。
翌日10時過ぎまで待っていたが一向に返事がないので、再度帰宅したいと言うと、最大
限2泊3日しか許可できないと言う。
都立病院の規則だそうで、それ以上になると一旦退院扱いで、来年改めて入院手続きが必
要となりすぐには入院できないとのこと。
治療も検査もしない病院に場所取りだけのために入院していろという訳です。
馬鹿馬鹿しくて話にもならないと思ったが、医者の説明では、不合理な法律や規則は他に
もあるじゃないですかという、これまた不可解な説明しかなかった。すったもんだのあげ
く治療が始まる前日まで帰宅することにした。

駒込病院にたった4日間いただけですっかり病人になってしまった。絶望的患者が周りに
いるとそれだけで気が滅入ってしまうものだと痛感した次第です。とにかく疲れた。
家に帰って久しぶり自分のベッドでゆっくり休み元気を取り戻した。

入院中、六反田さん、谷山さん、中間さんからのお見舞いメールが病院の特製用紙に印字
され、手元に届いた。
こんなところは中々気配りがきいた病院だと思うが、これから先のことを思うとウンザリ
してしまった。

それでも新年を我が家で迎えることができ、孫とも遊べるので英気を養い、中間君の言う
懲役刑に備えるしかないのだと覚悟せざるを得なかった。

1月4日
8:36発のロマンスカーで出発(家内が取ってくれた)
田端駅から歩いて病室にジャスト10時に到着。ベッドサイドにはすでに点滴のセットが
置いてある。ソルデム3A500mlとある。11時点滴開始。15:30 1袋め終了。今日は連続
して点滴が続くそうだ。昨日までの生活が嘘のような気がする。

10時の消灯の頃から同室のM氏の咳がひどくなった。「参った。」「勘弁してくれ」と
苦しそうな独り言が続き看護婦をひっきりなしに呼び当直医も駆けつけた。
とても眠れる環境ではない。寝る努力は無駄だと思いパソコンの音楽を聴いた。
この先が思いやられる。

1月5日
前日より点滴継続、今日のうちにお風呂に入っておくよう勧められ朝一番(9:00)で風呂へ
入った。点滴は一時中断し、腕の周りをビニールで防水して入る。
午後、「中心静脈穿刺カテーテル留置」というなんともいかめしい名前の処置を受けた。
これは鎖骨の下の静脈に薬剤や栄養剤を入れるためのカテーテルを取り付ける作業である。
抗がん剤は液が血管以外に漏れ出したりすると、その部分の細胞にダメージを与える危険
があるため、口径が大きく血流も多い中心静脈に直接入れる必要があるとのことであった。
処置をした後、正しく挿入されているかX線撮影で確かめる。撮影後技師に「ちゃんと入
っているかい?」と聞いたら『大丈夫です』と答えた。安心して病室に戻るとあにはから
んや「うまく入っていないのでやり直します」・・・・・・・・
昨晩の寝不足も手伝って今日は疲れる一日であった。
明日朝から抗がん剤治療のため1週間絶食である。いよいよ本格的な病人になった。
ここの病室にいるだけで心理的にも患者になっていく自分が嫌になった。
16時ソルデム3Aの点滴終了、腕から注射針がぬかれた。その少し前から胸のカテーテ
ル経由で中心静脈点滴専用フルカリック1号903mlという黄色いビニール袋(遮光カバー)
が被せられた大きな点滴薬が注入され始めた。(栄養剤とのこと)

1月6日
昨晩のM氏は、大分静かであった。おかげでこちらも十分寝ることができた。
今日からFAP療法という抗がん剤の投与が始まる。

5FU:     1/6〜1/10 10時開始 終日かつ毎日点滴が続く
シスプラチン: 1/6〜1/10 10〜13時 毎日
アドリアシン: 1/6     13〜15時 1回だけ
その他、2種類の制吐剤、利尿剤、補液が毎日5時間点滴される。

前日からシスプラチンの副作用である腎臓へのダメージをチェックするため蓄尿検査が始
まった。尿をカップに出し装置に流し込むだけであるが、あまり気持ちの良いものではな
い。これから予想される副作用はうんざりするほどあるがこれで効果があるのか、あまり
期待しないほうが無難なようだ。
渡された説明資料によると2005年から2007年までFAP療法を行った患者86人中
効果があったのは36人(42%)で効果なしが41人、悪くなったが9人である。
腫瘍の大きさが30%以上小さくなれば効果があるという基準で評価してこの結果である。
患者にとってがんが30%以上小さくなっても死滅しない限り治癒したとは言えず、延命効果
があるにすぎない。確実な副作用に比べてあまりにも少ない効果である。
がんが征圧されつつあるとか、格段の進歩が見られるという専門家がいるが、その神経を疑
いたくなる。
この文章を読み直して、自分の心理状態が大分ネガティブになっているのを感じた。しかし
今までが楽観的過ぎたのかもしれない。

8時半頃胸の周りが冷たいことに気づいてパジャマをめくると下着が輸液で濡れ、前日漏れた
血液がにじんでいた。ナースコールをかけ看護婦に見てもらったが、心もとなく思い医師を
呼ぶように頼んだ。若い医師が来て色々触ってこれで大丈夫でしょう後でまた見ますといっ
て戻った。その後、医師が来ないまま新しい看護婦が来て制吐剤の点滴を始めると言う。
「ちょっと待ってください。輸液漏れが収まったか確認してないじゃないですか」とアピー
ルすると「制吐剤だから大丈夫だと思います」言う。「思いますじゃダメだ。」「では医師
を呼んできます」という不安に駆られる会話を交わし、この病院は本当に大丈夫かと思った。
30分後出江先生をはじめ4人ほどの医師が来て、輸液がまだ漏れていることを確認した。
再度、出江先生の監督の下でカテーテルの入れ直しを行ったが、出江先生のOKが出ず、結局
出江先生が手本を示すことになった。これでは信頼感が出るどころではない。
9時から始まるはずの制吐剤の点滴は10時半頃やっとスタートした。
11時頃から5FUの入ったフルカリック2号1003mlの点滴が始まった。
12時過ぎにはシスプラチンの投与が始まった。(3時間の予定)
15:00頃アドリアマイシン投与 薄めのワインレッド色で毒々しい感じがする。
16:30ヴィーンD注ブドウ糖加アセテートリンゲル液500ml(利尿剤)
利尿剤を投与されると30分おきくらいの頻度で尿意を覚え、その度に350mlくらいの尿が出
たが、利尿剤の点滴が終わると尿意はぴたりと止まった。その後は夜1回だけだった。

1月7日
点滴カテーテルの部分が痛むがそれほどひどくはない。体重は前日比10g増、体温・血圧は正
常、吐き気もない。今日は朝から何もしたくなく眠い。それでも昼頃メールをチェックしに
外の「こまどり」という施設まで出かけた。どこからも新しいメールは来ていなかった。
帰って寝ている間に妻が見舞いに来てくれたらしく、眼が覚めると枕元に年賀状とカーデガン
が置いてあり、1時間ほど待ったが熟睡しているので帰りますというメモがあった。
昼間寝すぎたせいか消灯時間になっても眠くなかったが、この時間を過ぎるととたんにM氏の
ベッドが騒がしくなった。アラ−ムの光が点滅しバタバタと足音が聞こえ眠るどころではない。
やっと落ち着き眠りに着くと3時頃向かいのN氏のベッドから電子音が聞こえてくる。
ピューン、ピューン、ババーン、ガガガガガー、ドカーンと派手な音で眼が覚めると寝られた
ものではない。落ち着くのを待ったが一向にやまないのでナースコールをかけた。
彼女の対応は見事というか予想に反したものだった。ゲーマーに向かい「眠れないの?」「そ
れなら別の場所に行きましょう」と言って、防火扉の先の共有場所へ連れて行った。
なんとも優しい対応で、なるほどこれなら角がたつことはないと思ったが、夜中に周りのこと
も考えられない輩にこれでは分からせることはできないではないかと少し腹立たしく思った。
それからしばらく寝付けなかった。

1月8日
今日は長い一日だった。何もする気が起こらないが、時間がたつのがやけに遅い。
点滴に繋がれて四日目になるが、散歩もできず気晴らしがないのがつらい。
お騒がせマンのN氏は昼間もイヤホンなしでTVを見るし、ゲームも盛大に音を立てて楽しんで
いる。堪忍袋の緒が切れてナースから注意をしてもらった。さすがにその後は静かになったが
今晩も気がかりである。もう一人のM氏は明日手術だと言うことで親族が大勢押しかけてきた。
彼は昼間は比較的静かだが消灯時間以降が問題だ。M氏とN氏、・・・M.Nか・・なんと中間眞人
ではないか・・・うるさいわけだと納得した。

1月9日
昼過ぎ家内が冷たい雨の中を見舞いに来てくれた。
倦怠感があり何もする気が起こらず、何もしないと身の置き所がなく、昼間寝ると夜が大変な
ので起きていなければと思うが本を読んでも、テレビを見ても直ぐに嫌になってしまう。
そんな状態だったので気晴らしができ助かった。
とにかくこんな環境では気分的に完璧な病人ができてしまう。

1月10日
智子が1時頃、太郎夫婦が3時頃見舞いに来てくれた。
智子は愛梨のアルバム、イヤホン延長コード、耳栓、脱毛に備えての毛糸のキャップをプレ
ゼントしてくれた。色々気配りしてくれて嬉しかった。
太郎は文体が私の文章に似ていると言って森見登美彦の「四畳半神話大系」という単行本を
持って来た。暇をもてあましていたのでありがたかった。
夕方、ゲームの変人N氏と言葉を交わした。喉頭がんが耳の下のところの転移しているそうで
放射線で小さくなったと言っていた。徐々に色々な患者と話をしているが、ほとんどは転移が
んを持っている人で5年生存率はかなり低い人ばかりである。5月に入院し手術もできない
食事もできないと言う人もいる。この中では私は可能性が最もある貴重な存在のようである。
N氏とは話をしていないときは非常識な馬鹿野郎だと思っていたが、身の置き所のない不安を
抱えている患者と分かり彼に対する憎悪はなくなった。
また、夕方話を交わした人は咽頭がんで明後日手術をすることが決まったといって、録音機を
持ってきた。声が出せるのは明日までなので最後の音声を録音するのだと言う。
彼もすでに胃やリンパ節に転移があり、咽頭部の手術の後、日を置いて転移先の手術が引き続
き予定されていると説明し、今は頭が真っ白で何も考えられないと言って黙ってしまった。
言葉のかけようもなく「そうですか、そうですか」「たいへんですね・・・」というのが精一
杯であった。

1月11日
今日、昼食から食事が再開された。5分粥だったが久しぶりに口に入るものだったので美味し
かった。飲まず食わずの6日間は結構しんどかった。
抗がん剤は12時前にやっと終わったが、栄養補給や利尿剤、水分補給などの点滴は明日も続
くと言う。(5FUの入っていないフルカリック2号1003mlの点滴は続行)
明後日には終わるかもしれないとのことで、血液検査の結果がよければ一時帰宅を実現したい
と思う。シャンプーはしているが何しろ風呂にゆっくりつかりたいし、ラーメンでも良いから
普通の食事をゆっくり食べたい。
昼前、病室内が騒がしくなり、防火扉が閉められ一部通路が閉鎖された。何事かと思ったが、
個室の患者が亡くなったそうである。死者を送るやり方としてかなりの違和感を覚えたが遺体
が搬出されると何事もなかったように平常に戻った。
この病棟では死は日常茶飯事の当たり前の出来事であるようだ。

1月12日
朝体重が68.1kgと前日より3.7kgも増えた。体重計がおかしいと思い量りなおしたが同じ結果だ。
血液検査を行ったが白血球が少し減少している以外は異常はなかった。
1時半頃家内が見舞いに来てくれた。今日はかなり寒い日だというが病室にいると全く判らない。
睡眠薬 失敗 喉渇く 朝眠い 食欲なし 今晩は薬なし
明日咽頭がんの手術をする人が電話をかけまくっていた。最後の肉声だと盛んにしゃべっていた
が受けた方は言葉がなかったのではないかと思った。彼は何かしていないと不安らしく同じ内容
の話を沢山の人にかけていたようだった。

1月13日
朝、丸い月がくっきりとした姿を西の空に現していた。朝日が昇る前に新宿の高層ビルがキラキ
ラと輝いている。駒込病院は眺めだけは最高の病院だ。富士山、丹沢、秩父連山、武甲山、赤城
山、筑波山などが見える。
夕方出江先生と話す機会があり医科歯科大のPET/CTの結果を再確認したところ原発部に集積はあ
るが明らかなものではないこと。リンパ節などへの集積は認められないとのことで、重粒子治療
は一定の効果があったし、今も効果が持続していると言えるとの見解であった。
「それではもしかしたらがんが死滅している可能性はありませんか?」
『生検の結果はまだでていないが外見からこれは必ずがんで、もしがんでなかったら医者を辞める』
と出江先生に言われてしまった。甘くないですね!
今の状態では手術までに時間の余裕があるので十分に観察してから手術を行うとの事であった。
喜ぶべきか、半殺し状態が長引くだけなのか・・タフな神経が必要だ。
一度家に帰って、うまい肴と美酒を飲んで、ゆっくり風呂にも入りたい。

1月14日
今日も終日点滴につながれっぱなし。ただ、栄養剤は10時過ぎに終了し後は水分補給だけだ。
朝、出江先生から生検の結果、やはりがん細胞が見つかったと報告を受けた。
昼前石丸氏からお見舞いの花が届く。千葉でも頂き、これで2度目である。
昼過ぎ家内が見舞いに来る。世間話をして院外のインターネット施設『駒鳥』へ行った。
石丸氏に御礼のメールを打ち、安田先生へ近況報告を行った。
夕食からお粥ではなく完全な普通食になった。明日の血液検査の結果次第では家に帰れそうだ。

1月15日
朝一番で採血。10時頃点滴のカテーテルが抜かれ、すぐ退院しても良いといわれ慌てて家内へ
電話した。
退院後すぐ次に入院する29日までのTo Doリストを作り、翌日皆さんへ仮退院のお知らせ
メールを送信した。
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  抗がん剤治療が終わり、1月29日まで仮退院することになりました。
  恐れていた副作用は、無気力と倦怠感以外はほとんど出ず楽でした。
  ただ12日間点滴につながれっぱなしで、6日間は水も飲めない完全
  絶食で1日の長さが最大の敵でした。
  もうすぐ中村No1殿と同じ頭になるといわれましたが、今のところは
  フサフサです。
  昨晩は家に帰って、早速焼酎を舐めました。ホッとしました。
  皆様からの励ましメールありがとうございました。

  HPリニューアルしました。(手抜きですが・・・)
  http://www.yoshidak.com/
                吉田 耕治
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