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老人六歌仙を知っていますか?
 

月やあらぬ春や昔の春ならぬ
  我が身ひとつはもとの身にして
業平

花の色はうつりにけりないたづらに
  わが身世にふるながめせし間に
小野小町

上の二首は本物の六歌仙!
六歌仙についてもっと知りたければこちら
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1. 皺(しわ)がよる 黒子(ほくろ)ができる  
  腰曲がる 頭はげる ひげ白くなる

2. 手は震う 足はよろつく 歯は抜ける
  耳は聞こえず 目は疎(うと)くなる

3. 身に添うは 頭巾 襟巻 杖 眼鏡 
  たんぽ 温石 尿瓶(しびん) 孫の手

4. 聞きたがる 死にともながる 淋しがる
  心は曲がる 欲深くなる

5. くどくなる 気短くなる 愚痴になる
  出しゃばりたがる 世話焼きたがる

6. またしても 同じ話に 子を褒める
  達者自慢に 人は嫌がる


老人六歌仙 仙崖和尚(1750-1837) 江戸時代

『死にともない』  

     以下 山田無文 著     春秋社 刊より抜粋

博多に仙崖という名僧がおられました。 
その仙崖さんの描かれた絵が禅画と名づけられて、
ヨーロツパやアメリカでちかごろ好評を博しておるそうでございます。 
亡くなられるときに弟子たちが 「いよいよあなたもご最期のようだが、
何かええことばを一つ遺していただきたい、
ご遺戒をちょうだいしたい」 、こういってお願いしましたら、
仙崖和尚が 「死にともない、死にともない」 と

もうすこしええことをおつしやつてください」ともう一度お願いしたら
「ほんまに、ほんまに」 といわれたという逸話がのこっております。

和尚のように、真に悟りの開けた方が死にぎわに「死にともない」
とおつしやつたのは、いかにも風流でございますが、

俗物が 「死にともない、死にともない」 といったら、
これはまた見られたざまではないと思います。
 
しかし正直なところ、人間の最後の欲望は、
やはり 「死にともない」 ということが ほんまじやないかと思うのであります。
世間一般が、だれしも ほしいものだらけで、
目先に ほしいものが多すぎるから、
まだ 「死にともない」 というところにまで手がとどかぬのであります。 
うまいものが食べたい、遊びたい、お金がほしいで
その日その日があわただしく暮れてゆきますが、
もう金もいらぬ、もううまいものも食べあいた、もう遊ぶだけ遊びつくした、
もう地位も身分もこの上欲しくないとなったら、
人間最後に求めるものは何でしようか。

「死にともない」 ということじやないかと思うのでございます。