[PREV] [閉じる]

私 の 職 歴

 1969年 
東洋ラジエーター(現在潟eィラド)へ就職。最も嫌いな経理に配属され、

加算機を終日打つ毎日を送る。

 1970年 
コンピューターを導入することになり、すぐ手を挙げる。

何とメモリー8Kの時代。プログラムは紙テープに打ち出していた。(FACOM230-10)

主に部品発注、入出庫関係のプログラム(ターンアラウンドシステム)を開発。  

 1978年 
総務課へ転属、初仕事は社宅の汚水管詰まりの清掃。

労務・給与・営繕・安全衛生など何でも屋であった。

オンラインタイムカードシステム、OMR勤怠・食券システム、給与自動振り込み

などを開発。 労災事故が多発し苦労した。

 1988年 
システムプロジェクトへ転属、工場の生産管理システムをゼロベースで再構築。

カットオーバーに失敗、地獄の1年を耐える。(AS-400)

 1992年 
本社経営企画室へ転勤

96年から全社のシステム部門を統括、この頃からパソコンの勉強を始める。

 1997年 
LAN/WAN網を完成、イントラネットの構築を始める。

 1999年 
 4月 情報システム部長 兼 総務部主管 理事

10月 社長室室長 兼 情報システム部主管

 2000年 
 7月 総務部長 兼 社長室室長

 2001年 
 6月 取締役 社長室室長 兼 総務部長

かなり遅ればせながらボードメンバーの一員に、群れず・媚びず・諂わず

 2002年 
 8月 取締役 システム部長

あえなく総務部長は解任

 2003年 
 6月 常勤監査役

別世界で心機一転

 2006年 
 6月 潟eィラド退任(社名変更)

サンデー毎日の日々を送っている。

私 の 業 績 

経理時代
コンピュータの導入 1970年(昭和45年) 入出庫伝票等帳票設計 発注管理、入出庫処理 在庫管理、品番統一など ターンアラウンド方式の導入 OMRカードの活用等 雑多なプログラムを多数作成 FACOM230-10〜25

総務時代(人事、労務、庶務全て)
資格制度立案チームへの参画 衛生管理者資格取得 工場、社宅・寮建築業者選定、見積もり交渉など 現場正社員の募集・採用・解雇 季節工・アルバイトの募集・採用・解雇 昇進、昇格、賃金改定案の作成 マイタスクの導入(女子社員対策) タイムカードシステム構築 磁気カード化し集計業務を自動化 門扉の開閉にも応用し守衛を削減 LPG設備の刷新と子会社販売の立ち上げ 給与振込み制度の導入 (郵便局のサービス開始と同時に導入) 社員食堂システム構築 人事評価制度の改善 評価者訓練の導入、評価基準書の改定 60歳定年制に合わせた賃金制度の改定 残業抑制策の立案と実施 安全衛生活動の刷新 特別安全指導対象事業場からの脱却 雑多な労務人事の経験 労災死亡事故の対応、サラ金破綻者の処理 自殺、火事、食中毒、不倫、破廉恥事件の処理

システム化推進室時代
コンピュータシステムの刷新 富士通からIBMへ バッチ処理からオンライン処理へ 生産管理システムの構築 製番方式からMRP方式へ 事務系システムと技術系システムの統合 組織の統一 ワープロの廃止とパソコン、OSの統一 イントラネットの構築 社内メールシステム構築 会社公式ホームページの作成

経営企画室、社長室時代
協豊会原価委員会実行委員 協豊会システム分科会参画 技能系、事務系社員の身分制統一 インターネット活用推進 IR活動の導入、資料作成

取締役総務部長時代
賃金制度の改善 55歳賃金見直し制度の改定 成果主義制度の導入(失敗) 社長との確執

監査役時代
適法性監査からの脱却、物言う監査役へ 業務妥当性監査の実施 内部統制システムの提案 コンプライアンス体制の提案

先頭へ

Eメール  

[PREV] [閉じる]

最終更新日: