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TOPページへ    山  私

南アルプス前衛笊ケ岳
           目  次
1、霧島・桜島・屋久島(高校山岳部への寄稿文)
2、ワンゲル夏合宿(浪人生活の果て)
3、山と小児マヒ

1、霧島・桜島・屋久島

    (昭和61年高校山岳部30周年記念誌への寄稿文)
鹿児島を離れて二十数年になる。その当時は小松原の名の通り、校庭は
砂浜につながり、白砂青松、海はまさに目の前にあった。
その先には桜島の勇姿が、朝に夕に、また四季折々に、微妙な色の変化
を伴い、寮生の心を和ませてくれたものだ。
我々は坊主頭に裸足で寮から教室へ通う毎日、言ってみれば今の東南ア
ジアの国民のような生活であった。
   霧  島                                        高千穂の峰 高二の頃と思うが、寮の仲間と霧島の
縦走を計画した。えびの高原から韓国
岳を経て、高千穂の峰まで一泊二日で
走破しようという計画であった。
初日はえびの高原で幕営した。日頃、
寮監のシプリアン先生の厳格な指導の
もとにあった我々は久々の開放感から
大人の世界への冒険心に駆り立てられ
た。と書くと、何か大変なことを計画
したように思われるかもしれないが、

韓国岳より大浪の池
何ということはない、ビールを飲んでみようという相談になったのだ。
当時、喫茶店に行っても悪いことをしたような雰囲気の中で、ビールを飲むなどと
いうことは、極悪非道、退学処分に値する大変なことであった。少なくともそうい
う緊張感を持って恐る恐る酒屋の前に立った。「あのう高校生ですがビールを売っ
て下さいませんか」この一言を高鳴る動悸の中で喘ぐように言った時、酒屋の親父
の顔、なんとも嬉しそうな顔でポンと出してくれた。後は走るようにテントへ駆け
込み一気に飲んだ。この時のビールの味は、いまだに忘れ難いものがある。
高千穂の峰からピストンの帰りは、ああまたビールが飲みたいの一念で帰ってきた。
爾来40才を経てもあんなに感動的で旨いビールを飲んだことはない。

   桜  島 さてこの頃、桜島は昨今のように盛んに
噴火活動を続けており、寮の窓からも、
海越しに噴煙を良く見ることができた。
当然に登山禁止であった。
土曜の午後、仲間と砂浜で桜島の噴煙を
眺めながら、鹿児島へ来て桜島へ登らな
いのは焼酎を飲まないのより悪いという
ことになり、早速翌日登ることになった。
もちろん登山禁止であるから、シプリアン
先生には何も言わず寮を出た。
桜島についたが登山口が分からない。

聞いちゃまずいというので、ウロウロ徘徊したが登山禁止の立て札ばかりでさっぱり
分からない。ついに痺れを切らして通り掛かりの老人に聞いたら意外に簡単に教えて
くれた。かなり急な登りだった。樹林帯を抜け、頂上近くの火山灰の傾斜を必死に登
り、北岳(写真左側の峰)の頂きに出た。
眼下に思ったより数倍広い火口底、間近に南岳の噴煙、そして真っ青な錦江
湾、我々は幸福感に浸りながら昼食を摂った。その時、地面がビリビリと振
動を始め、轟音が体を包んだ。我々はそれこそ飛ぶように走り降りた。
必死になって走った。やっと樹林帯に入ったとき、黒い噴煙が上がった。
火花がいくつか見え、噴石が軽石のように軽く落ちてくるのが見えた。
たいしたことないなと思っていたら、近くに落ちると大変なスピードである。
火山灰も熱を持っている。眼に入ると強烈な刺激性がある。我々はさらに慌
てて走り降りた。麓に着くまで何もわからなかった。体中かすり傷だらけで
頭は火山灰で真っ白だった。
数日後、アメリカ兵が南岳に登り、死んだという新聞記事が出た。今思うと
無茶なことをやったものだと思うが、できたらもう一度桜島へ登りたいもの
だ。

   屋 久 島 もう一つ忘れ難い山に屋久島がある。
夏休みに山岳部で屋久島に行くという。
私は体力に自信が無く気後れしていたが
岩井先生の励ましもあり、思い切って行
くことにした。
鹿児島港から100トン程度の小さな船
で行ったが錦江湾を出ると大きなうねり
の中で船はエレベーターのように上下し
た。うねりの頂上から落下するときの気
味の悪さは相当のものだったがそれ程ひ

どい船酔いにもかからず安房へ着いた。 海岸からの長い登りは、とても二千
メートルに満たない山とは思えないほど長く感じた。途中、密林の中で山ヒル
がボタボタ落ちてくるところを歩き、熱帯のジャングル探検隊の一員になった
ような気になって歩いていたことを想い出す。頂上へ着いたときは、生憎深い
ガスの中で眺望には恵まれなかった。この時は非常に残念でもう一度必ず登り
素晴らしい眺めを見てやるぞと思ったものだ。
大学に入り2月に登る機会を得たが、この時も深いガスに阻まれて何も見るこ
とができなかった。こんな事があってこの山は未だに心残りのある山である。

岩井先生と

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